山形家庭裁判所 昭和45年(少ハ)3号 決定 1970年5月30日
本人 N・M(昭二五・五・二三生)
主文
本人を、昭和四六年五月二二日まで医療少年院に継続して収容する。
理由
右本人は、昭和四四年八月二一日当裁判所において、戻収容の決定を受け、盛岡医療少年院に収容されたもので、昭和四五年五月二二日をもつて期間満了となるところ、昭和四五年五月一五日右盛岡少年院長広川良助より、本人は心身に著しい故障があり、いまだ犯罪傾向が充分矯正されていないのでひきつづき一八ヵ月間収容を継続すべき旨の決定の申請がなされたもので、その申請の理由とするところは、盛岡少年院長作成の昭和四五年五月一二日付収容継続申請書添付の意見書に記載のとおりである。
よつて当裁判所は、本人、実母N・Y子の各陳述、盛岡少年院長広川良助、岩手医大神経精神科医師小泉明、同院分類保護課長小野鉱造、同院看護婦小林トシ、当庁調査官鈴木尚の各意見を総合してみるに、犯罪的傾向がまだ矯正されていないものと認められること、右少年院での矯正教育によつて充分その効果をあげ得ること、重症軽愚級精神薄弱症及びてんかんの精神障害を有する本人に対し、現在精神衛生法にもとづく措置入院の必要は認められないこと、特に最近はてんかん発作もなく、医療少年院の治療処置に充分期待がもてること等の諸事情が認められるので、本人に対し、更に収容を継続するのが相当であると思料される。
そして、その期間については、本人の精神障害の程度、犯罪的傾向、家庭の受入れ態勢等からみて、仮退院後も多少の期間本人に対する専門的指導援助を施す必要が認められるので、そのための期間も含めて、本件収容継続期間は一年とするのが相当である。
よつて、少年院法一一条四項により主文のとおり決定する。
(裁判官 伊藤政子)